栄水化学は兵庫県・尼崎市でビルや病院、銀行などの清掃サービスを提供する、地域に密着した企業だ。長年、自立した子どもたちの育成と習慣づくりを目的とする体験活動「エコピカはかせのおそうじ塾」を実施しているが、インターンシップのプログラムには、その企画運営を取り入れている。学生の自主性を重んじつつ個人ごとに成長目標を設定し、全社員でフォローした取り組みが、中堅中小企業の好事例として評価された。
代表取締役社長の松本久晃さんは、「優秀賞受賞社の中で唯一の中小企業とのこと、名誉であり、また地域の方々と共に頂いた賞であると考えます」と挨拶した。栄水化学のインターンシップは、就職に役立つあるいは企業を知るという点よりも、街の課題解決そのものに重きを置いている。「栄水化学は尼崎で『おそうじ一筋60年』になります。ところで皆さんは尼崎という街をご存知でしょうか。電車で大阪から5分、神戸から20分というアクセスの良さですが、それゆえに通り過ぎるだけの街になってしまい、子育て世代の流出が続いています。街が抱えるこうした課題を解決したいと考え、始まったのが『エコピカはかせのおそうじ塾』です」
掃除は、ただ周囲をキレイにするだけではなく、子どもたちの「自立」や「考える力」を養う。子どもの成長過程において大切な学びの要素が、たくさん詰まっているのだ。「エコピカはかせのおそうじ塾」には、掃除という習慣教育を通して子どもたちの成長を応援し、将来を育みたいという想いが込められていた。「このプログラムが幼児期から良い習慣を身につける場となり、学ぶ意欲を促して、自ら考え行動できる『あまっこ』が増えれば、尼崎市が課題とする子育て世代の転出は減少するでしょう。尼崎市で生まれた子どもが尼崎市ですくすくと育ち、尼崎市の将来を支える人財となる。つまり目指すところは地生地育です」
エコピカはかせは小学校や児童施設などに出向いて体験型授業を行い、自社の事業である掃除を軸にして、子どもたちが明るく育ち、地域がHAPPYになる環境づくりに力を尽くしてきた。認知度も少しずつ上がっていき、社内ではそろそろ次のステージに進むことが検討されていた。「これまではイベントやボランティアなど単発型の活動でしたが、これからは持続可能な事業として学校の授業などを踏まえた連続型に発展させたいと考えたのです」
ところが、ここで課題にぶつかることになる。新しいことにチャレンジしたい、もっと力を注ぎたい、人が育つ街にしていきたい──しかし、圧倒的にマンパワー、スピード、適確なカリキュラムが不足していた。「とくにカリキュラムです。地域で活動を広めていくにあたっては、未就学児から小学生までの発達段階に応じた幅広いカリキュラムが必要でしたが、小学生向けのものがなかったのです。それに対応できるマンパワーが不足していて、スピードが追いつけませんでした」
どうすれば発展させていけるかを考えていたときに、長期実践型インターンシップという存在を知った。
若者×企業、本気でチャレンジする半年の長期インターンシップで初めて学生を受け入れたのは2015年のことだ。以来、13名の学生との出会いがあった。「今日は直近の、3期インターンシップ生の事例をご紹介します。昨年の8月から今年2月までインターンシップを行った学生二人です。一人は当時2回生の松井萌さん、もう一人は3回生の花澤麿弓子さん。インターンシップの進め方の工夫ですが、以下のようになります。
①まずは会社がなぜこの活動を行っているのか、その目的・目標を明確にすると同時に、二人の目的・目標もヒアリングしました。松井さんは自信をつける、相手視点で考えて行動できるようになる、誰とでもコミュニケーションをとれるようになる、ビジネスマナーの習得、でした。花澤さんは、積極的に行動できるようになる、自ら企画・実践にチャレンジしたい、子どもとの関わりから教育について学びたい、です。
②個々の強みを生かせるよう、一人ひとりに任せるプロジェクトは分けるようにしました。
③プログラム期間中、答えは教えず、自ら考えることを重視しました。
④失敗を恐れずチャレンジできる環境づくりを整えました。
お二人に共通するミッションは、尼崎で子どもたちが学び、育ち、活躍するためにおそうじを通してできることは何かを考え、心を磨く習慣教育『エコピカはかせのおそうじ塾』の継続型カリキュラムを企画・実践することです」
松井さんは市内の小学校および児童施設にて連続授業カリキュラムの企画・実施を、花澤さんは栄水化学本社にて来塾型の連続授業カリキュラムの企画・実施・広報活動を、それぞれ担当することになった。具体的には、松井さんは小学校1年生、2年生向け各3回、児童福祉施設向け3回の授業を行い、花澤さんは6回の来塾型連続授業とチラシ作成、SNS発信、集客に挑戦する。
経営者であり、エコピカはかせ本人でもある松本さんの役割は、プロジェクトについて最終決定を行うことだ。トップダウンではなく、学生が自ら考えたアイディアや意見の実践を重視した。オフィスには仕切りもなく、経営者との距離が近い。経営者として、会社として大切にしていることや社会人としての在り方、より良い人生を歩んでいくための習慣を身につけるヒントなどを伝えながら、一人ひとりの成長を見守った。
社員との関わり方については、インターンシップ生一人ひとりに社員同様デスクを完備し、担当者が隣についた。PDCAサイクルに基づき、多面的に関わる担当者は2名。一人は元インターン経験者の社会人2年目、もう一人は人財教育部の社会人8年目という体制で、質問に対してはあえて答えを教えず、自ら考えて気づけるような声がけを行った。そして本当に困ったときには手を差し伸べる。「上手くいかないときこそチャンス」と、失敗から学んで次に生かせるよう、伴走者として共に歩んだ。さらに担当者以外にも、部署関係なく全社員と関わって生の声が聞けるようにした。仕事のやりがいや働く上で大切にしていることなど、学生にとっては将来設計の参考になる。「お客様扱いしない、彼らは栄水ファミリーの一員である」との仲間意識を持って接することができたのは、全社的にインターンシップ生の活動報告会を実施した影響もある。これにより社内ではインターンシップへの理解が深まり、学生を皆で応援できる風土が根付いた。さらに交流の場を広げるために、市や他企業、他大学生など、定期的に外部と関わる機会も設けている。
学生がカリキュラムを作成するにあたっては、まず小学校の先生方を訪問し、現在の課題などをヒアリングした。それをもとに企画・準備をする。実践後は振り返りやアンケート結果などからフィードバックをし、授業カリキュラムを改善するというPDCAを回す。随時相談できる環境に加えてチャットワークの日報、定期的なフィードバック面談、外部のフィードバック集合研修会など、振り返り・フィードバックの仕組みを整えて、学生をサポートした。
表彰式には花澤さんもインターンシップ生代表として登壇。栄水化学でのインターンシップの感想を語った。「本社にて来塾型の連続授業を6回、担当しましたが、1回ごとにどんどん改善されていくのがわかりました。地域の子どもたちとの関係が深まり、『将来、栄水化学で働きたい!』という声が本当に嬉しかったです。会社内外でたくさんの方々と出会い、今後自分が社会とどう関わっていきたいのかを考えるきっかけとなったインターンシップでした」
このインターンシップの活動成果は社外でも評価された。あまがさき市報にお二人の写真入りで取り組みが掲載され、さらに青少年の体験活動推進企業表彰にて文部科学大臣賞を受賞したのだ。インターンシップ終了後、二人の学生はこんな声を残している。
「初めてのことばかりで不安だったが、何でもすぐに相談でき、チャレンジさせてもらえる環境で成長できたと思う。自分では気づかなかった強みなどを見つけていただき、伸ばすことで自信がついた。社会人として、また人として大切なことをたくさん教わり、学びました」(松井さん)
「子どもたちと関わった体験は将来の人生キャリアを考えるのに役立てたい。市内他企業との交流もあり、色々な大人からフィードバックをいただくことができた。行動した後の振り返りから何を学ぶかが大切で、それによって今後の行動も変わっていくことを痛感しました」(花澤さん)
インターンシップの実施は、企業にも新たな気づきをもたらす。「この3年間、半年ずつインターンシップ生を受け入れてきました。その数は13名。13名の学生さんと出会って感じたことは、一人ひとり、みな違うということです。前の学生と同じことをやって上手くいかなかったときに、『これが正解』という答えはなく、インターンシップ生の数だけ答えがあるのだと気づきました。それぞれの学生に合ったアプローチが必要なのです。
経験のない学生が子どもたちの前で授業をするというと、『学生の能力がないと無理なのでは? 自信がなくて積極的になれないので自分にはこのインターンはできない』と思われることもあるようですが、そんな人ほど、ぜひ挑戦してください! その学生の強みを見つけて適材適所の役割を任せますし、失敗を恐れることはありません。次に生かすことが大切なのです。そして、小さな成功体験は自信につながり、物事に主体的に取り組めるようになります。いかにその学生の能力を引き出せるか、それが受け入れる側の使命です。これらはインターンシップ生のみならず、社内の人財育成においても大切なポイントとなりました。今後は栄水化学の長期インターンシップ活動を、より地域を広げて継続していきたいと考えています」
地域に寄り添った取り組みの、いっそうの拡大に期待が高まる。
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